新たに在宅医療、訪問診療を開始する際の準備法と診療報酬のポイント
高齢者の増加に伴い地域や診療科を問わず、在宅医療や訪問診療のニーズが高まっています。
ただし「今まで取り組んでこなかった」「外来が忙しく手が回らない」「やるにしても中途半端にできない」など、躊躇しているクリニックも多いのではないでしょうか。
今回は、在宅医療に関する著書や多数の講演で知られる中村 哲生氏に「新たに在宅医療、訪問診療に取り組み、収益を上げるポイント」について解説いただきます。
在宅医療の重要性はますます高まっていくことでしょう。記事の後半では、在宅医療を始める際のロードマップも紹介します。
クリニックの売上の柱を増やすステップとして、ぜひ参考にしてください。
※本記事に記載の情報は取材を行った2022年1月25日のものです
回答者:中村 哲生氏(医療法人社団 永生会 理事長補佐・在宅医療統括部長/クリニック グリーングラス 事務長)
中村氏は1993年から在宅医療の経営に携わってきたプロフェッショナル。2017年5月に『コップの中の医療村―院内政治と人間心理』、2022年1月『薬剤師が知らない在宅医療の世界 ~在宅対応薬局はこれからが勝負』を出版。在宅医療を行う70以上の医療機関に顧問としてかかわり、年間100本の講演も行う。
在宅医療には「意義」も「チャンス」もある
提供できる医療のキャパシティやスタッフ数、院長自身のパワーの問題から、在宅医療に取り組めないというクリニックは多いのではないでしょうか。
在宅時医学総合管理料(在医総管)のように、在宅療養支援診療所のように24時間体制を取らなくても、既存のクリニックが診療報酬を計上できるケースも多数あります。
「人口あたりの在宅医療調査 ~ 在宅医療充実度エリアランキング」(注1)によると、在医総管の届け出件数、すなわち在宅医療がどれほど充実しているかには大きな地域差があると分かっています。
中村氏はより多くのクリニックが在宅医療を提供する必要性を指摘します。
一方、テレビ番組などで看取り医療にばかりスポットを当てる機会が多いため、患者さんの中にも「終末期医療だけのもの」と誤解が広がっていると懸念しています。
――たしかに一般的には在宅医療=看取りというイメージがあります。クリニックとしても参入のハードルは高そうですね。
テレビや新聞の影響が大きいと思いますが、人工呼吸器、末期がん、小児ばかりが取り上げられすぎです。でも、それらは在宅医療全体のわずか1%程度です。
もちろん看取りや人工呼吸器を使った終末期医療は大切ですが、既存のクリニックに期待されているのは外来に来られなくなった慢性期の患者さんの受け皿としての役割です。
何科でも構わないのですが、すでに開業しているなら日常的にクリニックで提供している医療を在宅でも提供してほしい。来院する負担が大きくなってきた患者さんに対して訪問診療の選択肢もあると提案できるのが大事です。
在宅医療に取り組むべき診療科は?
――では在宅医療に取り組むべき診療科は内科に限りませんね。
先ほどの「看取り」「末期がん」のような固定観念から離れれば、あらゆる診療科に訪問診療のニーズがあるのは分かるはずです。
離反された患者さんはどのクリニックにも大勢いますよね。分かりやすい例は整形外科でしょうか。膝関節痛のために外来で来ていた患者さんがいて、痛みがひどくなって来られなくなったとしましょう。その患者さんをどうやって診てあげるかって考えたら自然と在宅医療になります。
整形外科、耳鼻科、眼科、皮膚科、歯科など、むしろ内科以外のほうが、互いの専門領域で同じ患者さんをカバーし合えるのでよいネットワークが作れるのではないでしょうか。
まだ取り組んでいないクリニックでも、少ない件数でも、少額だとしても在医総管の加算はとれるかもしれませんので、届出はしておいて損はありません。
そのうえで在宅医療に取り組んでいる先生の話を聴いてみてもいいかもしれません。
在医総管のほかにも、在宅がん医療総合診療料などもあります。患者さんから問い合わせが来た際に、本当に受け入れられるかどうかは別の話として、判断してもよいはずです。
必要でこまめな書類作成で診療報酬に差がつく
中村氏は多くのクリニックに対し、書類提供を細やかに行うことを推奨しています。
紹介先への診療情報提供書や、訪問看護指示書などの積み重ねは、自身のクリニックでも実践し、顧問を務める多くの医療機関に同様のアドバイスを行うそうです。
――こまめと言っても、訪問看護指示書の有効期限は6カ月ありますよね。
たしかに有効期限は半年間ですが、その間に患者さんの状況が変わらないことは少ないはずですよね。
仮に変化がなくても「先月と変化ありません。引き続き、こういう点に注意してあげてください」と書かれていれば、受け取ったステーションには大切な情報であり、無駄ではないと私は思います。
お金の話になりますが毎月の指示書で3000円ずつ売上になるわけですよね。ほかにも薬剤師さん宛、ケアマネジャーさん宛の書類も、居宅療養管理指導料で患者さん1人につき5000円など。患者さんの数と、月数を掛け算したら、積み重ねは大きいと思います。指示書の作成を面倒だと思われる先生は少なくないようですが、書かなければ点数はつきません。
在医総管や、訪問予定表など、必ず書かなくてはならない書類だけでも負担が大きいのは分かります。書く必要がないものは書かないという考え方も理解できますが、大半の指示書は必要と考えています。それだけ在宅医療には「連携」が必要であり、書類が果たす役割は大きいからです。
それに…意外と知られていないのですが、作成した書類は営業ツールでもあるんですよ。書類の読み手はケアマネジャーさん、看護師さん、看護師さんですよね。その人たちが「すばらしいクリニック、頼りになる先生だ」と感じてくれたら、クリニックに、紹介で集まる患者さんが増えます。今よりもっと繁盛するはずですよ。
書類1枚で信頼に差が生まれる理由
訪問看護ステーションは、訪問看護指示書がなければ業務を実行できません。患者さんにも、事業所にも命綱とも言える重要書類ですが、多忙なクリニックでは「発行忘れ」も現実に起きているそうです。
――ちゃんと指示書を送るクリニックは信頼される?
「指示書をちゃんと送るなんて当たり前でしょう」と思われる先生ならば問題ないのですが、話を聞く限り困っている訪問看護ステーションも少なくないようです。
もし相手に「指示書もらうのも大変だから、もう他の先生を頼ろうか」って思われたら大変なことです。丁重に何度催促しても送られてこないなら、それは相手がイヤになるのも仕方ありません。
だから「書類を速やかに丁寧に出してくれるクリニック」という評価は大切。早くて適切に届く書類は存在そのものが営業ツールですね。
――必ずしも、いちからドクターが作成する必要はないですしね。
そうです。慢性的な疾患であれば、基本的な情報はあまり変わらないのだから、その辺りはスタッフさんに任せて書類作成のパワーを減らせるはずですね。在宅に対応した電子カルテには、書類作成をサポートしてくれる機能が付いている場合もありますよ。
――たしかに。実は“CLIUS”には文書の雛形が一通り入っています。患者さんの氏名や病名、オーダーなどカルテの情報をドクター好みのオリジナルテンプレートに書き出せます。
なるほど。性能の高い電子カルテはいいですね。
さらにとっておきのアドバイスなんですけれど、多くの先生方は、他の病院、クリニックから紹介を受けたらお礼状を書きますよね。同じようなお礼状をケアマネジャーさんに書いてみてください。たぶんほとんどの先生が書いたことがないと思います。
「紹介してくれてありがとうございました」とお礼状を送ったら、ケアマネジャーさんは感動してくれると思いますよ。先生のファンになってくれます。そんな人が周りに増えたら、自然と患者さんの紹介も増えるはずですよね。
一方で、各診療科ならではの加算情報は医師の方が、詳しいと中村氏は言います。
在宅医療の場合は、訪問看護、薬局、居宅介護支援事業所など、専門家との連携が一層重要だと言えそうです。
在宅医療を始めるロードマップ
中村氏の話によれば、これから在宅医療に取り組むクリニックには、次の3つのステップが重要です。
順を追って詳しく解説します。
手順1:自身が捻出できるスケジュールを決める
まず訪問に充てられる時間を決めてシミュレーションしてください。
例えば毎週火曜日、木曜日の12時~14時とします。これで7~8人の患者さんを訪問できるでしょう。隔週で訪問するなら、15人前後を新たにカバーできる計算です。なかには、通えなくなったなどの理由で離反した患者さんを再び診療できるケースもあるはずです。
外来患者さんが来てくれている半径2〜3キロ圏内からスタートすると、効率的に訪問できるでしょう。
手順2:外来の待合室で告知する
「毎週この時間は在宅医療をやってます」と、待合室に掲示します。
掲示によって、外来の患者さんから「私もお願いできますか」「近所のおばあちゃんが寝たきりになってしまったので教えてあげていいですか」など、自然と質問が来るようになります。患者さんや家族の情報が集まるのです。
外来から在宅へ移行を希望する患者さんもスムーズにサポートできるので感謝されるでしょう。
手順3:得意領域で勝負して評判を積み上げる
外来と同じく自身の得意分野を強調し、実績を積むのがよいでしょう。
在宅医療で「症状がよくなった」「治った」という評判は患者さんの間に口コミで広がります。
実績はケアマネジャー、薬剤師などの耳にも入るでしょう。徐々に在宅医療でも頼りになるクリニックだと認知が広まっていきます。
患者さんに対し、現在の介護保険の状況や、ケアマネジャーに関しても質問し、積極的にケアマネジャーにも連絡を取るのもおすすめです。
今後の訪問計画について相談を受けるなど地道に見える活動を行えば、在宅患者さんの紹介も確実に増えるでしょう。
オンライン資格確認への対応も診療報酬で有利に
電子処方箋が2023年1月にスタートする予定です。しかし、電子処方箋の発行に必要なシステム登録が遅れており、登録カードの医師への普及率は10%にも達していません。(2022年1月31日現在)
とはいえ、厚労省は在宅医療とともにオンライン資格確認を後押ししたいと考えています。そのために必要な顔認証付きカードリーダーの購入費用などの補助金を設置。クリニック向けの補助金は最大42.9万円(2022年4月以降は32.1万円)です。
また2022年4月の診療報酬改定では、オンライン資格確認システムを活用するクリニックが月1回、「電子保健医療情報活用加算」が行えると発表されました。導入したクリニックが有利になるように制度化されます。今回の中村氏の提言とともに、オンライン資格確認への対応や情報をキャッチアップすることが重要です。