5Gを活用すれば、遠隔手術支援も可能に! 東京女子医科大学×NTTドコモに、最新の実証実験結果や現在の課題について聞いてみた
5Gの台頭によって、今、農業から金融に至るまでのあらゆる産業が大きな転換期を迎えています。もちろん医療分野も然り。高速大容量通信が可能になったことで、遠隔での診療や手術の可能性は大きく飛躍しました。これにともない、IoTの医療分野への浸透はさらに加速。2000年代に入ってからは、各所で5G時代の到来を見越したプロジェクトがスタートしていましたが、今やニュース番組などを観ていても、「当たり前に遠隔手術できる未来」が、もう、すぐそこまで来ているのだと思わされます。
▲東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 副所長 村垣善浩教授
そんななか注目を集めているのが、商用5Gを活用した遠隔手術支援の実証実験。学校法人東京女子医科大学(以下、東京女子医大)と株式会社NTTドコモ(以下、ドコモ)がタッグを組んでおこなっている実験です。日本だけでなく世界も注目している最先端の実験は、一体どのようにしておこなわれたのでしょうか? 東京女子医大・村垣善浩教授にお話を伺いました。
▲「モバイルSCOT(Smart Cyber Operating Theater)」外観
――まずは実験の概要について教えてください。
5Gを使ったものとしては、大きくわけて2パターンの実験をおこなっています。ひとつは、2020年10月に東京・お台場でおこなった、商用第5世代移動通信方式を活用した遠隔手術支援システムおよび移動型スマート治療室「モバイルSCOT(Smart Cyber Operating Theater)」を用いた実証実験です。
これはどういうものかというと、手術室を備えたトレーラータイプの車両「モバイル治療室」内での診断の際、5Gで大学内の専門医とつながることでサポートしてもらうというものです。実験上、専門外の病気の急患が訪ねてきたという設定にしていますが、実際にそうしたシーンで活用されることを想定しています。
そしてもうひとつの実験は、東京女子医大内部で、手術室と戦略デスク(=先端生命医科学研究所)をつないでおこなっています。
――なぜ2パターンの実験が必要なのでしょうか?
前者は、SCOT自体が病院を飛び出して、5Gの基地局がある場所で治療や手術をおこなうというものです。たとえば、災害救急現場に向かってその場で重症者を治療する場合などへの活用が想定されます。
そして後者は、戦略デスクから指示を出してサポートする側の専門医が、手術室から離れているシーンを想定しておこなう実験です。これが可能となれば、スマホやタブレット、ノートパソコンからでも手術の担当者をサポートできるので、学会などで専門医が病院を離れているときに緊急手術が入っても支援できるというわけです。
――そうした実験はいつごろからおこなっていらっしゃるのでしょうか?
映像を観て診療や手術をおこなう実験は、2001年頃からおこなっています。本格的にはじまったのは2004年頃でしょうか。当時、わたしは九州大学に国内留学していたのですが、現地から、東京女子医大でおこなわれた手術のナビゲーション映像を観ながら実験に参加しました。そのころはまだISDN回線でしたが、東京女子医大内には既に戦略デスクが存在していました。
▲東京女子医科大学内にある「Hyper SCOT(スマート治療室)」
――かなり早い時期からプロジェクトが開始されていたのですね。
そうですね。2004年にはSCOTのプロジェクトも始動となり、いろいろな機械がネットワークでつながっていました。
それまでは、検査機器は「スタンドアローン」といって単独でしか使えなかったし、検査結果はその場に行かないと見られなかったのですが、このプロジェクトによってすべての情報をひとつの映像空間にまとめられるようになりました。統合された映像は、株式会社OPExPARKが提供している「OPeLiNK」という情報融合プラットフォームに表示されるのですが、この運用が始まったのが2019年頃だったかと記憶しています。スマート治療室「SCOT」には、基本モデルとされる「Basic SCOT」のほかに、ネットワークとつながったタイプと、AIやロボットまで使うタイプとの3タイプあって、それぞれ、広島大学や信州大学などで使われているのですが、そのうち最初にネットワークにつなげたのが東京女子医大なんです。「Hyper SCOT」と呼ばれるタイプのSCOTですが、2018年7月に導入されています。
――SCOTのプロジェクト始動当初からドコモさんとタッグを組まれているのでしょうか?
協業をおこなうようになったのは2014年です。そのころはちょうど、「今後、通信によって医療分野でももっといろんなことができるようになる」と言われていた時代です。協業するようになってからは、Hyper SCOTや戦略デスク、実際のオペ室を5Gでつなぐための試行錯誤を重ね、海外のものも含めてさまざまな展示会にご一緒させていただいています。
バルセロナの「モバイルワールドコングレス」にもモバイルSCOTを出展したことがありますし、現時点でも既に海外の方にも大変注目していただいていますが、新型コロナが世界的に流行したことで今後はさらにニーズが高まると思います。遠隔での治療であれば、人同士 の感染リスクはゼロになるのだから、5Gの商用化は加速度的に進めていくことが求められているのではないでしょうか。
――ドコモさんとの協業の決め手となったのはどんな点だったのでしょうか?
商用5Gのモデルと実験の様子を見せてもらったのが2018年か2019年頃なのですが、すぐに、これはすばらしい技術だと確信しました。
我々は学会に出席することもしょっちゅうですが、商用5Gがあれば、離れた場所にいてもモバイルさえあれば、いつもと同じチーム力が発揮できる。モバイルSCOTがあれば、病院の中にいても外にいても変わらないのだからすごいことだなと。通信能力が低くてもダメだし、手術中の情報がスムーズに取得できないこともダメだけど、SCOTと5Gを組み合わせればそのどちらもが叶うということ。
これは強力な武器になると思いました。
――世界的に見てもすごい技術だったということですか?
とんでもなく進んでいるんじゃないでしょうか。少なくとも、Hyper SCOT のようなオペ室はどこの国にもないので、各国で講演すると驚かれます。どこの学会に行っても、ここまでネットワークでつながっている手術室はないと言われます。
――商用5G×医療における課題はありますか?
通信系は、いったんうまくいけばスムーズに実用化まで進むと思うのですが、今の段階ではまだ技術的に詰めていく必要があるかと思います。
それともうひとつの課題は、緊急時以外の活用方法です。
平時利用をしっかりと考えておかなければ、駐車場に置きっぱなしにもなりかねない。そこはきちんと検討していかないといけないなと思います。平時と緊急時の両方において役立つものであることが望ましいです。新型コロナのロックダウン下で、アメリカ海軍の病院船「コンフォート」がニューヨークに派遣されたことはご存知の方も多いかと思いますが、日本と欧米では緊急時に対する考え方が異なるんですよ。日本だと、緊急時のためだけに用意しておくことにはなかなか理解が得られない。じゃあ平時においてどういうふうに活用すればいいかというと、やっぱり地域医療ですよね。地方での医療を底上げするためのツールとして普段活用しておいて、緊急事態には現場に急行させるのが得策だと思います。
――地方と都市部の医療格差は大きいのでしょうか?
テレワークの浸透でもわかる通り、情報系に関しては、地方に住んでいても大差はないですよね。
しかし、急病になったときには大きな差が出る。それが、地方への移住を検討している方の懸念点でもあるといいます。癌のような病気なら、罹患していることに気づいてから都市部に治療を受けに行くこともできますが、脳卒中や心臓病のような一刻を争う病気を発症した場合のリスクは大きい。こういった病気の死亡率は、地方と都市部とで5倍から10倍の差があると言われています。
――実験では、ドコモのオープンイノベーションクラウドを利用されていますが、セキュリティ面でも納得の結果が得られていますか?
セキュリティに関しては、リスクマネジメント的な意味合いが大きいですよね。利便性より情報セキュリティが優先されていると、たとえば患者の名前もイニシャルになって、医師同士で共有しにくいなどの問題はありますが、情報セキュリティのスペシャリストであるドコモさんと一緒にやっていることで、病院の信頼性が高まるというメリットはあると思います。また、現段階ではクラウドは伝送だけに使われていて蓄積の機能は果たしていませんが、将来的には、より多くの人がデータを活用できる環境になればいいなと個人的には思っています。
――そうなれば、多くの患者さんを救うことにもつながりますね。
そうですね。患者にとってももちろんメリットすごく大きいと思います。しかも、設備の導入にはそれなりの金額がかかりますが、患者にとっては特別な負担があるものではないですから。
――モバイルSCOTをはじめとする商用5Gへの関心が高い医療関係者、導入を検討したいお医者様にメッセージがありましたらお願いします。
モバイルSCOTを活用して我々が成し遂げようとしている最終目標は、この移動車のなかで手術までできるようになることですけど、もっといろんなレベルで活用できるシステムだと思っています。遠方に移動して診断することはもちろん、点滴や簡単な治療をおこなう際にも役立つと思いますし、それ以外にも「こんな使い方はどうだろう?」というアイディアがあればぜひご意見いただければと思っています。
たとえば「こんなアプリケーションと組み合わせるのはどうだろう?」でもいいですし、ご意見いただけたら、ひとつの形として開発に取り入れていきたいです。