医院開業における投資資金とは
2020年12月9日に、医療専門の会計事務所『湯沢会計事務所』の湯沢勝信代表税理士によるオンラインセミナー「最近の医院開業の投資額と投資回収の傾向」が開催されました。開業する際はどのくらいの投資額になり、回収に何年必要となるのかといった話は開業を考える医師にとって非常に有益な情報です。今回は、そのリポートの「まとめ版」をお届けします。
設備投資金と運転資金の違い
今回のテーマである投資資金は「設備投資金」と「運転資金」の2つの資金で構成されています。「設備投資金」は、物件を借りる際に発生する敷金や保証金、また内装工事費などの土地建物代、医療機器の代金など、開業時に必ず使わなければならないお金です。設備投資額が大きいと、必然的に借入金・返済額が高額になります。
「運転資金」は、開業した後に発生する毎月の経費。家賃、人件費、薬剤費などがこれに当たります。加えて、医師本人の生活費も運転資金の一つです。「設備投資金」は事前にどのくらいの金額になるか把握できますが、「運転資金」は実際に開業してみないと分からないお金です。
設備投資金と運転資金の特徴
設備投資金と運転資金には以下のような特徴があります。
設備投資金の特徴
- 物を買う資金なので開業前に計算ができる
- 実際に使う資金 = 使い道が明確
- 金融機関は融資に前向き
- 返済期間は10~20年間
- 設備投資金が多いほど資金分岐点が上がる=多くの患者さんを診なければならない
設備投資金は金額が事前に分かり、使い道が明確なため金融機関からの融資を受けやすいのが特徴。返済期間も長くなりやすいため余裕を持って返済スケジュールが組めます。ただし、設備資金が多額だとそれだけ負担も大きく、多くの患者さんを獲得する必要があります。
運転資金の特徴
- 正確な必要額は開業してみないと分からない
- 用意した資金を全て使わない可能性もある一方で不足する可能性もある
- 使い道は自由
- 金融機関から融資を得るのが難しい
- 融資を受けた場合の返済期間は5~10年
- 運転資金が少ないと資金がショートし閉院となる場合もある
- 開業立地がいい場合は患者さんが増えるのが早く運転資金は少なくて済む
開業を考えている先生方の中にはできるだけ借金をしたくないので、十分な運転資金を借りることに躊躇する先生も少なくないそうです。しかし、必要額が事前に分からない=予測できない事態が起こりやすいので、十分な運転資金を確保していない場合に資金がショートする危険性もあるのです。また、金融機関は融資に消極的で返済期間も短くなる傾向にあります。
運転資金はどのくらいあると安心なのか
どのくらいの金額になるか読めない運転資金ですが、湯沢先生によると「月の支出額(医院の支出額プラス生活費) × 6カ月分」が最低ラインになるとのこと。例えば、月々の経費が200万円、生活費が100万円の場合は300万円 × 6カ月 = 1,800万円が最低でも必要になります。実際に湯沢先生が開業のサポートをする場合は、「月の支出額(医院の支出額プラス生活費) × 12カ月分」の融資が受けられるよう進めているとのことです。
診療科目別設備投資額と必要外来数
湯沢先生が開業する医師から多く相談を受けるのが、「どのくらいの患者さんを診ればクリニック経営が成り立つのか」というもの。これは開業資金や借入金(返済期間)、運転資金、診療方針によって大きく変わるため、一概に「何人」と答えるのは難しいとのこと。そこで今回は、湯沢先生の経験を基に設定した診療科ごとの内装・保証金、医療機器の平均金額から、1日当たりの外来必要数を計算しました。
※いずれも診療日数22日、運転資金2,000万、生活費月100万として計算
内科
内装・保証金 | 2,500万円 |
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医療機器 | 2,000万円 |
診療単価 | 5,500円 |
外来必要数 | 33人 |
小児科
内装・保証金 | 2,000万円 |
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医療機器 | 1,500万円 |
診療単価 | 4,500円 |
外来必要数 | 39人 |
整形外科
内装・保証金 | 3,700万円 |
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医療機器 | 2,300万円 |
診療単価 | 3,800円 |
外来必要数 | 58人 |
耳鼻咽喉科
内装・保証金 | 2,000万円 |
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医療機器 | 1,500万円 |
診療単価 | 3,500円 |
外来必要数 | 48人 |
眼科
内装・保証金 | 1,800万円 |
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医療機器 | 1,800万円 |
診療単価 | 4,500円 |
外来必要数 | 37人 |
皮膚科
内装・保証金 | 1,500万円 |
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医療機器 | 100万円 |
診療単価 | 3,500円 |
外来必要数 | 45人 |
精神科
内装・保証金 | 1,500万円 |
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医療機器 | 200万円 |
診療単価 | 6,000円 |
外来必要数 | 26人 |
資金回収で最も影響が大きいのが「生活費」とのこと。どれだけクリニックが繁盛していても、生活費が高くなれば回収が難しくなり、外来必要数も増えるとのことです。
こうした「開業後に必要な1日あたりの患者数」の傾向は、設備投資額が高ければ必要患者数も多くなり、投資額が少ない場合は必要患者数も少なくなります。診療単価は反比例しており、診療単価が高いと必要患者数は当然ながら少なくなり、診療単価が安い場合は多くの患者さんを診なければなりません。「診療日数」も同じで、日数が多ければ必要患者数は少なく、日数が少ない場合はその反対です。
投資回収期間を短くするには
預金残高から借入金の残高を差し引いて、自己資金と同じ額になったタイミングが、投資回収が終わったタイミング、つまり「投資回収分岐点」となります。例えば1,000万円の自己資金と2,000万円の借入金でスタートした場合、預金残高から借入金の残高を引いても自己資金と同額の1,000万円が残っていれば、投資は回収できたということです。
クリニック経営を成功させるには、投資金額をどれだけ早く回収できるかが重要です。回収期間は借入額や生活費で変わりますが、例えばビル診療所では一般的に投資回収に10年間必要だといわれています。
では、投資回収期間を短くするにはどうすればいいのでしょうか?
湯沢先生によると、投資回収期間を短くするには以下のようなポイントが挙げられるとのこと。
- 設備投資額をできるだけ少なくする
- 診療圏がいい場所 = 患者が多い場所で開業する
- できるだけたくさんの患者を診て収入を上げる(保険収入)
- 自由診療も行って収入を上げる
- 在宅診療を手掛ける
- 医療法人化などの節税対策を行って税引後の金額を増やす
- できるだけ無駄な経費(生活費)を使わない
設備投資額や立地のいい場所を選ぶ、また多くの患者さんを診察するといった基本的なことに加え、自由診療や在宅診療を行って収入を上げることも重要。また、クリニック経営が軌道に乗ると税金の額も増えるため、節税対策も必要になります。先述のように「生活費」は資金回収で最も影響が大きい要素のため、投資回収期間を短くするには無駄な経費を使わないことも心掛けましょう。
クリニックが閉院すると、自分たちはもちろん、それまでクリニックに通っていた患者さんにも影響を与えます。地域に長く愛されるクリニックを作るためにも、開業資金、運転資金についてはしっかりと準備し、できるだけ早く投資回収ができるよう、常に新しい手段を模索したいですね。