「オンライン入院」の可能性と課題
厚生労働省は「オンライン診療」について原則、かかりつけ医であれば初診からOKとしました。これからオンライン診療はさらに普及するものと思われます。また、IT技術を用いたオンラインによる医療は拡大していくでしょう。
そのような背景の中、「手術」など医師が直接行う行為以外は自宅で受ける――という「オンライン入院」のコンセプトが注目されています。無床でも行えるため、クリニックレベルでも今後多くなると予想されますが、現状や課題などについて、オンライン入院サポートアプリを展開している『株式会社DayRoom』の林和正代表取締役に取材しました。
「オンライン入院」とは? 実現への課題とは?
――まず「オンライン入院」とはどのようなものでしょうか?
「オンライン入院」とは私が考えた言葉です。現在、AI診断、オンライン診療、オンライン処方、在宅検査、オンラインによる専門家のQ&Aといった種々のサービスが展開されています。これは、BtoBtoCのサービスです。これらを総合すると「オンライン病院」と位置付けられるでしょう。
この延長線上に「オンライン入院」というものがあると考えています。実際の施術を受けること以外は全て自宅で行うのです。
――『株式会社DayRoom』では『DayRoom』というSNSサービスを行っていますが、このサービスはオンライン入院を実現するためのものなのでしょうか。
SNSサービス『DayRoom』は、患者さんのコミュニケーションのためのツールです。例えば、自分の病気についての悩みや、医療についての意見を患者さんが書き込んだり、同じ病気にかかっている方同士で相談したり、といったためのものです。
これはオンライン病院と患者さんをつなぐものでもあると考えています。アカウント連携による情報共有や顧客管理といったサービスをオンライン病院に提供することができます。ですから、オンライン入院を実現するための一助となるものです。
――オンライン入院を実現するための課題はなんでしょうか。
オンライン病院の機能は現在別々のサービスとなっており、例えば同じ情報を何度も入力しなければならないという煩雑さがあります。患者さんからすれば、どのオンラインサービスを利用していいのか分からないということもあります。
しかし、SNSを利用することで「あの医療機関はいい」などの情報が得られれば、患者さんの助けになるでしょう。コミュニティーからオンライン病院のサービスにつなげることが可能になるのです。
――なるほど。
また、重要なのはオンライン病院のサービスを受けた後のフォローです。患者さん同士のコミュニティーがあれば診療サービスを受けてからのケアも可能になります。これも大きな特徴です。
実は、オンラインで医療を受けられるように進歩すればするほど、患者さんは孤独になっていきます。何もかも1人でオンラインでできると、例えば、入院患者同士のコミュニケーションといったものがなくなってしまうのです。そのため、オンライン病院の医療サービスを受けた後のフォローは非常に重要であると考えています。
――そのためにもコミュニティーが必要というわけですね。他にオンライン入院の課題となるものはあるでしょうか。
そうですね、現在のところ保険適用となるオンライン医療サービスがまだまだ少ないという点が挙げられるでしょう。ただ、規制が緩和されていくでしょうから、これは時間がたつと共に解決していくと思います。
――まとめますと、オンライン入院が実現するメリットとはどのようなものでしょうか?
患者さん目線でいえば、サービスを利用することで、最適なオンライン医療を選択でき、また孤独にならないということです。クリニック側は良いオンライン医療を提供することで患者さんに選んでもらいやすくなります。逆に言えば、参加しないとオンライン医療サービスに参入しにくくなるということでしょう。
――これから実現する可能性のあるサービスにどんなものがあるでしょうか。
例えば、オンラインのナースコールみたいなものですね。このようなサービスがあればオンライン入院はもっと現実的なものとなるでしょう。
SNSサービス『DayRoom』とは?
――オンライン入院の実現に向けて肝となる『DayRoom』とはどのようなサービスなのでしょうか?
『DayRoom』は以下の3つの課題を解決するために開発しました。
①ですが、通常病院での治療はトータルペインのうち、身体的苦痛のみに対処します。本当につらさや困難を理解できるのは、同じ境遇にある人である場合が多く、身近な人にすら理解してもらえないことがあります。在宅医療が進むと、コミュニケーションが減りますから、患者さんはより孤独になってしまいます。
②の「医療情報の閉鎖感」ですが、患者さんは基本的に偶然担当医になった医師の言葉でしか病気のことや治療法を知ることができません。患者さんは医師に依存しています。ただし、誰が名医なのかも分からないので、その依存先を選ぶことすら運任せなのが現状です。
③は、これは誰でもネットを使って情報を発信できるようになった弊害ともいえます。コロナ禍ではTwitterを中心にデマが広がりました。
これら①~③の課題解決のために『DayRoom』を作りました。『DayRoom』では、デマが広がらないように、感染症数理モデルをデマの拡散防止モデルに拡張して使用し、
を実現しています。
――『DayRoom』は「同じ病気の人とつながるSNS」となっていますね。
はい。病気ごとにルームを作成し、各ルームでは、
という機能を提供しています。
いろんな病気の人が話せるような「みんなの部屋」というものもあります。また、患者さんを個別でマッチングする機能、毎日自分の体調を記録できる機能もあります。今後は体調分析ができる機能を装備するつもりです。
――ユーザーからの評判はいかがでしょうか。
実際に苦しい思いを吐き出す患者さんがいらっしゃいます。その患者さんに対して他の方が励まして、心が軽くなった、あるいはこれからもシェルターとして利用したいといった感想が寄せられています。
私たちは「闘病生活を楽しめる社会に」という目標を掲げ、重視しています。闘病生活では日常とかけ離れた生活を送ることになります。もちろん、つらいことがたくさんありますが、闘病生活だからこそ経験できることもあるはずです。私たちは、その経験をより良いものにして、闘病も楽しいと思える社会にしていきたいのです。
『DayRoom』開発の背景に「患者さんが本当にほしい情報を提供したい」
――『DayRoom』開発にいたった経緯には、林代表ご自身の経験が関係しているとのことですが?
私は高校3年生のときに「ガマ腫」という大変珍しい病気にかかりました。これは唾液腺に唾液が詰まって喉がガマガエルのように膨れあがるというものです。高熱が出て、唾液が粘ついて吐き出せないし、飲み込めもしないという状態になりました。
病院に行ったら医師も初めて見たというケースでした。手術も受けたのですが、術後も状況は良くありませんでした。執刀医によると特に炎症も出ていないということだったのですが……。親がインターネットで「ゴッドハンド」といわれるような先生を見つけてくれて、その先生にかかることになりました。
先生の手術を受けてみると、先の手術の際に強い炎症を引き起こし、他の組織と癒着していることが分かりました。ただ唾液腺を摘出するのではなく、その周辺の組織も取らなければならないことになって……結局治してもらったのですが、この先生がいらっしゃらなかったら、私は今こうして生活できていないでしょう。
私は奇跡のように先生に見てもらえたので良かったですが、世の中には私のように「良かった」となっていない方がたくさんいると思うのです。現在でも、どの先生が名医なのかといった情報は見当たりません。
――なるほど。
また、自分が病気のときに感じた孤独感は非常につらいものでした。その時には話ができず、親と意思の疎通をすることも困難でしたので。
――先に挙がった「解決したい課題」は林さん自身の経験の中で出てきたものでもあるわけですね。
同じ病気の人にしか苦しみは分かってもらえない、という孤独を患者さんは持っているのです。これをなんとかしたいと思いました。学会で評価されている先生だからいい先生かというと、それは分かりません。患者さんからすれば、自分と同じ病気の人を治したという事実の方が大事だったりします。
――確かにそうですね。
『DayRoom』が患者さんにとって大事な情報を提供でき、かかる医師を選択する際の一助になってくれればという思いがあります。『DayRoom』のコンセプトに共感いただける先生がいらっしゃったら、ご一緒に何かできたらと思います。
――ありがとうございました。
オンラインによる医療が広がりつつあり、林代表の考えた「オンライン入院」が現実のものになる可能性は高いといえます。『DayRoom』は患者さんのコミュニティーを作り、そこで医療情報を共有するというものですが、この取り組みもまた重要なプラットフォームになり得るでしょう。これから開業する医師の皆さまも大きくなろうとしている『DayRoom』にご注目ください。