長野県民の平均寿命延命に貢献した鎌田實医師がおこなった施策とは?
長野県茅野市の「諏訪中央病院」院長に就任後、赤字経営だった同院を再生させた鎌田實(かまたみのる)医師は、長野県の健康寿命延命に貢献していることで知られています。海がないため、塩分が高い保存食を食べる傾向にあることから、血管が詰まりやすく、脳卒中の罹患率ワースト1位だった長野県。その昔は、野沢菜の漬物だけでごはんを何杯も食べることもあったといいますが、これでは血管が詰まりやすくなって当然です。そこで鎌田医師は、まず、減塩運動をスタートさせるところから着手。地域住民と公民館に集まって食事をともにするなど、「住民とともにつくる医療」を推進し続けてきました。その結果、平均寿命は上昇し続け、平成22(2010)年には男女ともに1位に君臨。そのころまでには、減塩運動も県をあげての施策へと発展しており、県民全体の意識も変化していました。では、減塩運動をはじめ、蒲田医師は具体的にはどんな施策を展開してきたのでしょうか? 早速みていきましょう。
院長就任当時から一貫しておこなってきたのは、「住民とともにつくる医療」
鎌田医師が諏訪中央病院の院長に就任したのは、1988(昭和63)年のこと。以降、「住民とともにつくる医療」の大切さを掲げ、地域への啓発およびボランティアの養成と受け入れ、住民による病院評価の実施などを通して、地域に開かれた病院づくりを推進してきました。
収益・人材の課題解決のためにも、地域と密接につながることが大切
「開かれた病院づくり」に必要なものは「地域支援」 。医療や介護の枠を超えて住民をサポートするためには、ボランティア活動を通して地域住民と密接につながることも必要です。そしてこれこそが、赤字経営からの再生の要。収益・人材の課題解決の糸口となるものです。医師や看護師の働きやすさなどを追究するだけでは、「いい病院」となることは難しいのが実情。「わたしは、患者が使いやすい病院とはなんなのかを常に考えてきました 」という鎌田さんの言葉通り、病院やクリニックの運営においては、患者ファーストであることが大切です。「医療の仕事の95%は、救急医療や高度医療を駆使して患者の命を助けることだが、残りの5%を占める、『患者自身の治す力を引き出すこと』にも目を向けてほしい」と鎌田医師は言います。
患者本来の「治す力」を最大限引き出すためには、施設利用者が快適に過ごせる工夫も必要
どうすれば患者自身の「治す力」を最大限引き出すことができるか考えていくなかで、入院部屋のレイアウトや通路の構造にも目が向きます。たとえば4人部屋の場合、誰もが窓際を希望することを考慮して、4人ともが窓に面しているようベッドを配置することにしました。通路は、患者も職員も移動しやすいよう四角四面を避け、屋上庭園には心癒される美しい花を咲かせました。
患者の心に寄り添って接していくことが、患者やより早い段階で社会復帰できることにつながる
そうした施策を重ねた結果、「鎌田氏の医療は先端医療をおこなわず、やさしいだけ」と誤解されることもあったそうですが、実際はそうではありません。いかにして入院期間を短く、痛みを少なくして救命率を上げるかということのみならず、より早く社会復帰してもらうことまで考えながら、必要な先端医療はできるだけ早く取り入れてきたのです。
在宅ケアに力を注ぐことで、地域の脳卒中罹患率を減らすことに成功
さらに、より早い社会復帰のためにと回復期病棟をつくり、リハビリも充実させました。その結果、それまでさまざまな施設を渡り歩いていたような患者の多くも家に帰らせることができたのです。そこから必要なのは在宅ケア。地域と密接につながり、24時間体制でケアすることによって、脳卒中の死亡率が高いという課題を解決してきました。
心身ともに健康であるためには、生活習慣の改善が不可欠
その過程では、保健士などにも協力を得ながら、健康運動を展開。長野県が他地域と比べて塩分の摂取量が多いことなどもわかりやすく伝えて、住民たちに生活習慣の改善を意識してもらいました。生活習慣を改善すれば、いうまでもなく、脳卒中予防以外の効果も期待できるようになります。食生活に気を付け、適度な運動を心がけることは心身の健康につながりますし、年齢を重ねてもクリアな思考を保ちやすくなります。実際、鎌田医師の指導によって改善されたのは、県民の脳卒中罹患率だけではありません。心身ともに健康になることで毎日を活き活きと過ごせるようになれば、人はより幸せを感じられるようになるのです。
「人生100年時代」を迎えた今、「100歳まで心身ともに健康でいるにはどうすればいいか?」も医療のテーマになってきた
そのためにはどんなことが必要であるかについて、鎌田医師は自身の著書でも積極的に発信していますが、「人生100年時代」と言われるこれからの時代においては、医療関係者全員が、「心身ともに健康で長生きするためにはどうすればいいか?」を考えていくことが求められるはず。そこでこの機会に、鎌田医師が「開かれた病院づくり」を通して地元住民に推奨し続けたことに着目してみましょう。鎌田医師が大切なポイントとして挙げているのは、「①食事に気を付ける」「②適度な運動をおこなう」」「③毎日を笑顔で過ごすための習慣を身に着ける」の3つ。それぞれの項目について具体的にみていきましょう。
健康寿命を延ばすために地元住民に実践してもらったこと:①食生活の見直し
長野県で医療に従事するようになって以降、実に40年以上の長きにわたって、公民館などで脳卒中を予防する方法を伝えてきた鎌田医師。普及活動を始めた当初から勧め続けているのは、「塩分を控えて、野菜をたくさん食べること」。それを叶えてくれる筆頭レシピとして、野菜たっぷりの具だくさん味噌汁を紹介しています。高酸化力が高い緑黄色野菜や滋味豊富な旬の野菜、キノコなどをふんだんに入れることで、汁が少なくなって必然的に塩分摂取量が減るからです。加えて、味噌には老化を促進させる活性酸素を除去する作用があるのもポイント。
また、野菜ジュースを摂取するなら、果物や野菜と一緒に乳製品または豆乳およびえごま油もミキサーにかけることを推奨しています。これは、えごま油に含まれるオメガ3脂肪酸が、血液をサラサラにして心筋梗塞などのリスクを軽減してくれるため。また、α-リノレン酸は体内に摂り入れるとDHAやEPAに変わり、脳の神経細胞を活性化させる働きを有しています。野菜ジュースが苦手なら、お浸しやサラダ、冷ややっこなどを食べる直前に、えごま油をサッとひとかけするのでもいいですよね。
オメガ3脂肪酸摂取のためには青魚も有効。DHAやEPAが豊富な青魚やマグロ、サケなどは、刺身や缶詰でもおいしく食べられるので、料理が苦手なら、出来合いのものを利用するのも一手。また、認知症発症リスク軽減のために、活性酸素によるダメージから脳を守ってくれることが期待されるアスタキチンが豊富なサケやカニ、認知機能の維持によいとされるコリンを含有する卵なども積極的に摂取したい食材です。さらに、お酒を飲むなら、苦み成分が認知症改善に役立つビールをチョイスするといいことや、おやつがほしいときはポリフェノール豊富な高カカオのチョコを選ぶといいことなども、患者やその予備軍と共有したい知識です。
健康寿命を延ばすために地元住民に実践してもらったこと:②適度な運動
続いては「適度な運動」ですが、鎌田医師が自身の著書などで推奨しているのは、「日常の動きを運動にする」というシンプルかつ実践しやすいもの。具体的には、「『速歩き3分+遅歩き3分』を2セット+『速歩き3分』」、「足踏みしながらしりとりや計算をおこなう」「肩幅より大きく足を開き、ゆっくりとお尻をおろすスクワット10セットを1日3回おこなう」など、どれも通勤時間や昼休みを利用して手軽に挑戦できそうなものばかり。
健康寿命を延ばすために地元住民に実践してもらったこと:③生活習慣の改善
そして3つめの「毎日を笑顔で過ごすための習慣」としては、本や映画を楽しんだ後は感想を書くなどして「アウトプットを意識すること」、「自分が楽しいと思うことを積極的におこない、意識的に口角を上げる」などを提案。こうした習慣を身に着けることは、言わずもがな認知症予防にもつながります。また、「時には炊飯器を使わずに土鍋でご飯を炊いてみる」「家計簿をつけるときは計算機を使わずに計算する」など、実践することで必然的に脳が活性化しそうな方法も紹介。「チャレンジしてみたい」と思えることを提案された時点で、既に気持ちが前向きになれそうです。
考えることやチャレンジすることを億劫に感じてしまう人なら、「新しい洋服を身に着けておしゃれを楽しむ」などから試してみるのもいいですよね。はたまた、ひとりでなにかを決めて実践するのが苦手という人には、ボランティア活動などへの参加をすすめるのも有効! 社会での役割や生きがいを見つけることも、人間が毎日を楽しく健康に生きようと前を向くことにつながっていくからです。社会的に孤立する人をなくそうとすることで、地域住民たちの絆もこれまで以上に強くなり、「開かれた病院づくり」に不可欠な地域支援が強化されるというメリットもあるはず。
地域住民の健康寿命を延ばすことは、病院やクリニックにとっての大きな課題のひとつ
こうした考え方を多くの人に伝え続け、県民の健康寿命を延ばした鎌田医師の功績は多大なるもの。「一人でも多くの人に、一日でも長く、健康で人生を楽しんでほしい」。その実現のために動き続けた結果、クリニックを赤字経営から脱却させることができただけでなく、日本の医療の在り方そのものを大きく変えていったのですから。“人生100年時代”と言われる今、鎌田医師の意思を引き継ぎ、「健康で長生きすることのすばらしさ」をさらにたくさんの人に伝え続けることこそ、これからの医療に課された大きな課題。自分たちの病院やクリニックは、地域住民の幸せのためにどんな提案ができるのか? 今のうちから考えてみるのもいいのでは?