開業予定医に聞く、物件、内装、採用、集患などの直前準備のポイント
開業を考え始めたら、本やWebで情報収集する医師が多いのではないでしょうか。気軽に直接話を聞ける開業医の先輩がいても、開業前後の悩みならリアルタイムで開業を準備している院長の話が最も参考になるはずです。
今回、東京・新橋に「日帰り手術クリニック」の開業を2カ月後に控える院長にインタビューを行いました。公立、私立の病院で15年の勤務医としての経験があり、かたわらで家業である店舗経営を立て直した経験のある異色の麻酔科医・岡村正之医師です。
特定の診療科や都市部に偏った話ではなく、医院を営む「事業家」として必要な考え方を聞きました。事業家として、資金繰りや開業前の準備にどのような判断をくだしてきたのか、開業前の生々しい声をお届けします。
※本記事に記載の情報は取材を行った2022年1月25日のものです
回答者:岡村 正之医師(新橋DAYクリニック院長/麻酔科標榜医、麻酔科専門医)
「新橋DAYクリニック」東京都港区新橋1-15-7新橋NFビル6階(JR新橋駅日比谷口 徒歩1分)岡村医師は麻酔科専門で、横浜市立大学病院、戸塚共立第1病院などに勤務してきました。2022年3月に、東京・新橋に鼠径ヘルニアの日帰り手術対応「新橋DAYクリニック」を新規開業します。自身で開業するのは初めてながら、知人のクリニックで集患を手伝った経験があります。
もともとWebに詳しかった岡村医師は、自身でネット広告のキーワード選定などを行い、その知人のクリニックの認知度を高めて集患、増患に成功。広告の実施以前は、余裕のあった手術の予約はすぐに満杯となりました。
また、日帰り手術なら、仕事を休む必要もなく、経済的にも負担の少ないために患者さんの満足度は高く、口コミも手伝って手術は2~3カ月待ちに。
「まだまだ潜在的にニーズがありそう。患者さんのためにも自分が開業するしかないのでは」と開業を決意したと言います。
開業場所に新橋を選んだ理由
――そけいヘルニアの日帰り手術というコンセプトは珍しいですね?
まだ珍しいです。従来は入院が必須だったそけいヘルニア手術ですが、腹腔鏡や麻酔技術の進歩により日帰りも可能です。ただし患者さんへの認知度はまだまだです。
新宿、お茶の水、日本橋などに先行しているクリニックがあるので、都内でも西側、南側がよさそうだなと考え、新橋に行きつきました。
珍しいコンセプトだけにアクセスのよい場所なら、多少離れた地域からも集患が見込めると考えたのです。自分が手伝っていた手術クリニックの実績を参考に手術の見込み件数を立て、売上予測と損益分岐点を出したら勝算が見えてきました。
――場所選びはターゲットとなる患者さんから逆算されたのでしょうか
鼠径ヘルニアは中高年男性に多いため、オフィス街が近い場所を意識しました。日帰り手術クリニックは珍しいコンセプトですが、新宿駅、東京駅には先行しているクリニックがあったので、品川・新橋あたりがいいかなと。やはりサラリーマンの町であり、会社のなかでも口コミを広めてくださるのではないかと考えました。
実は自宅、勤務先が神奈川県なので最初は横浜を候補にしていましたが、むしろ新橋の方が相場は安かったんです。またJR東海道線などがあるので神奈川の人は都内のクリニックに行くことはありますが、都内在住者が横浜のクリニックに行くのは少なそうだと分かりました。横浜や品川、日比谷などは実際に物件も見に行きましたが結局、本格的に探し始めてから決定までは2カ月でした。
――2カ月とは、かなり早い方。早期によい物件に巡り合えたのですね。
現地に行く前に自分でWebで調べてもいましたし、不動産屋から物件情報が届くとすべて目に通すようにはしていましたね。運やタイミングもあると思いますが、気に入った物件が見つかったら、いかに自分の希望金額に近づけられるか、作戦を考える方が重要かもしれません。
――新橋のようなターミナル駅で、駅近なら高額ですよね
コロナ禍の影響もあって、報道にもあるようにそもそも都心オフィス街の賃貸料は下がっています。さらに家賃交渉に応じてもらえました。だから賃料が高い場所をイメージだけで諦めることはないと思います。自分で調べ、現地に出向いて交渉すれば「対象外」と思っていた物件、地域でもレンジに入るかもしれません。私の場合は、同じビルに入っている自由診療のクリニックを知っていたので新橋周辺に馴染みがあったことも大きかったですね。
また事業用は定期借家が多いですが、今回は普通借家です。借りる側の権利が強いので、貸主が勝手に賃料を上げられないなども大切なポイントだと思っています。
内装や医療機器選び
――手術クリニックだから高額な医療機器は多かったのでは
医療機器は通常のクリニックよりもかなり数を入れていますね。高額なのは、腹腔鏡の手術装置で、1,000万円以上。ただ4K、3D性能は鼠径ヘルニアの手術には必要ないので画質は分相応のスペックにしました。ただ径の細いカメラにこだわって、患者さんの傷が小さくて済むように考えましたね。自分ひとりではなく働きに来てくれる外科医などとも相談しながら進めましたね。
その他に、ジェットウォッシャーや滅菌機など手術関係でお金がかかるのは手術クリニックなので、普通の診療科よりはだいぶかかっています。
ただすべて丸抱えするのはおすすめしません。レントゲンやCTもあればいいけれど、当院にマストな機器ではないので、近隣クリニックにお願いして連携する予定です。クリニック同士の協力関係も作れますし、コストも抑えられます。
――購入、リースの割合を教えてください
今回すべて購入しました。希望額の融資が受けられたため、あえてリースにする必要はありませんでした。一定の年数利用すれば購入する方がコストメリットもありますし、医療機器はできれば購入したい気持ちがありましたね。
――内装はいかがですか?
逆に「こだわらないと決めた」ことが大きなこだわりでしたね。本当は凝りたい気持ちはあるしアイデアは無限に出てきます。
ただし、こだわり始めるとコストもかかりますし、その他の開業準備にも影響してしまうと考えました。ここはあえて優先順位を下げようと。気をつけたことをあえて言うなら万人受けするように心がけました。違和感を覚える人が少ない「白を基調とした落ち着いた色づかい」などです。美容クリニックの豪華さは保険診療にはふさわしくないし、安くてみすぼらしいのはダメですね。
スタッフを採用するまで
――土地勘がない場所での開業で、採用に苦労されましたか
いつ、どうやって募集しようか、悩んでいたポイントでした。結論としては、ありがたいことに「ぜひやりたい」と言ってくれた知り合いが見つかり、看護師と事務の常勤スタッフ2名に決まりました。やはり気心が知れてる関係で、経験者を採用したかったのは事実です。
そのため「開業する」ことは友人や知り合いに広く伝えましたね。これまでの知り合いで、ちょうど就職先を探しているケースというのはありえるはず。もちろん運というか、巡り合わせもありますが、思いもよらないところから名乗り出てくれるかもしれません。
開院後、軌道に乗ってきたら恐らく人を増やす必要があると思います。このときは公募するでしょうね。ただ開業初期のコアとなるスタッフが信頼できると分かっているのは安心感が違います。
――ワークライフバランスが適切な職場がいいと言われたとか
はい、それは直接言われましたね。長く病院に勤めていると、残業が多く、勤務時間が長くなる傾向にあると聞きます。私どものクリニックは、外来も手術も基本予約制なんです。緊急の対応はあまりないはずなので、時間外勤務が多くなるのは考えづらいです。能力のある方が長く働いていただける職場にしたいですからね。
集患準備でWeb構築
――取材時点では、これからホームページを制作する段階ですが集患の準備はいかがですか?
開業の3月から逆算して、リスティング広告を準備しています。実は、実家が家具屋を営んでいた関係で集客にWebの広告を運用した経験がありまして、検索されるキーワードを予測したり、自分でサイトをデザインしたりなどがもとから好きなんです。
まず、自分で検索ボリュームを調べて、「新橋 クリニック」など地域名で広告を入札するのは集客の王道です。
さらに狙ったキーワードのコンテンツも事前に作り始めています。「症例+治療法」「症例+費用」などですね。プロのライターを雇って、患者さんの役立つ情報を提供するコラムも準備中。よい情報を事前提供できれば集患につながるでしょう。
――患者さんからの評価は大事ですね
口コミは本当に大事ですね。これまで自分が手伝う立場だったクリニックでも、患者さんからの紹介で新しい患者さんが来るケースは多かったです。
周辺クリニックからのご紹介も大切ですが、初期はとくに患者さんの口コミは意識的に強化したいです。他のクリニックの例を見ても、日帰り手術に関する患者さんの満足度は高いので、術後に口コミサイトへの書き込みをお願いするなど仕掛けていこうと考えています。
前例のない事業計画作り
――事業計画書は自分で作成されたのですか?
本当はディーラーさんに作成を依頼したかったのですが、肝心な数字はすべて私が指示しました。でも自分が携わった方が自信のもてる事業計画書になると思います。前例の少ない日帰り手術クリニックなので、診療圏の分析調査があまり役に立たない。だから自分が予測を立てざるを得ないのは仕方ない部分もあります。エリアは違うものの、自分が手伝っていたクリニックの手術件数は参考にしましたね。
――銀行からの融資はスムーズにいったのですか。
今回、実家のつながりのあるメインバンクに依頼したのですが、何度も交渉しました。一般的な開業スタイルではないので、融資が下りにくかったようです。
恥ずかしい話ですがあまり自己資金がなかったので、交渉の中で「この担保条件ならいくらまで」と銀行の融資上限を探りました。
そのうえで、上限額に納まるように事業計画書も途中で書き換えました。当初やりたかった規模より縮小させたんです。
また売上予測は、適当に作ったわけではありませんが、やってみないと分からない部分もあります。銀行も妥当性を正確には判断できないので、彼らが融資できる金額まで抑えて、もう一度プッシュしました。
医師会には速やかに入会を申請
――新規開業だと、地元の医師会とのかかわりも重要でしょうか
今は入会の申し込み段階ですが、地元の医師会に入れていただく予定です。新参者ですし、いい意味で「寄らば大樹の陰」と考えたのは事実です。
開業医の先輩や業者さんからは「入会しなくていいんじゃない」とのご意見もありましたが、クリニックの周りに知り合いがいないこともあり、私は入った方がいいと考えました。
地区ごとに世話人と呼ばれる先生がいて推薦人になっていただく予定です。
――推薦人が必要なんですね
細かい仕組みまでは分かっていませんがクリニック経営の先輩たちから色々教わっていければいいかなと考えています。お付き合いもあると思いますし、多少お金もかかるでしょうけれど、勉強料だと思っていますね。
患者さんに新しい選択肢を
――最後に開業に向けた決意を聞かせてください
麻酔科が開業するときはペインクリニックが主流でしたが、「日帰り手術クリニック」は今後、社会のためにもなると意義を感じています。忙しくて時間が取りづらい患者さんのニーズにも合っていて、医療費の削減にも貢献できるはずです。
入院しなくてよい症例は今後も増えていくでしょう。最初は鼠径ヘルニアを入口にして、婦人科、整形、循環器などいろんな診療科の先生方と提携して、日帰りという新たな選択肢を患者さんにお示しできるクリニックにしていきたいと決意しています。