クリニックにおける事務長の仕事内容とその役割とは?
クリニックを運営するには、医師だけでは手が回りません。診察以外の部分を担当する事務員が必要不可欠です。そうした、クリニックに必要な事務員を監督するのが「事務長」ですが、実際にどんな仕事をしているのか知らない人も多いでしょう。今回は、東京・品川区にある『KARADA内科クリニック』の事務長・伊藤励央さんに、事務長になったきっかけや仕事内容、また事務長に求められるスキルなどを伺いました。
他業種からの転職も少なくない
――事務長になったきっかけは?
もともと広告関係の会社で働いていました。その会社では新卒から10年間働いたのですが、10年という節目を迎えたので「仕事を変えてみよう」と考えたのです。ちょうどタイミングよく、古くからの友人である当クリニックの院長が開業することになり、事務長にならないかと誘われたのがきっかけです。
――そこで「事務長になろう」と決めた要因は何だったのでしょうか?
広告の仕事は、「商品が持っている価値を整理し、必要と気づいていない方との出会いを作ること」です。一方で、「健康」は誰もがお金を出してでも欲しがるものです。特に年齢を重ねるとその需要は増します。こうした、「誰もが欲しいと思うものを提供する仕事」はどんな世界なのだろうと興味が湧いたのが、誘いに応じた大きな理由です。
――伊藤さんのように他業種からクリニックの事務長に就くパターンは多いのですか?
まだこの世界での経験が浅いため確かなことは言えませんが、医療業界出身の方だけでなく、別の業界から転職されてきた方が少なくないように感じます。
事務長は医療の知識も必要ですが、事務管理やマーケティングなど、医療以外の知識も必要です。医療業界だけでは身に付かない要素もありますし、いろんな業界を知っているほうが横展開もしやすいです。医療業界にいた人でないと、クリニックの事務長になれないわけではないと思います。
事務長の仕事はクリニック全体のサポート
――事務長の仕事内容を教えてください。
事務長の仕事は簡単にいえば「クリニック全体のサポート」です。私はクリニックを回すために必要なものが3つあると考えています。まずは医師が提供する「医療」。次に現場を回す力、いわゆる「運営」、最後に「集患」です。事務長は、この3つのファクターをうまく回すのが大枠の仕事です。
細かい業務としては、マーケティング、スタッフへの現場支援・業務精査・労務管理、レセプトの管理、患者さんの対応、院内の雑務対応などです。仕事の範囲は幅広く、全ての分野にコミットするのは難しいので、効率よく作業をするための工夫が必要なことから、自身を含めたスタッフの得意・不得意と、クリニックとしての重点対策分野を精査し、他のスタッフと協業して業務を遂行します。
特に「マーケティング」は、患者さんにクリニックのことを知ってもらい、来院してもらうために重要です。HPを検索して訪れた人の情報を分析するなどして、より効果的な宣伝方法を考えることも事務長の大事な仕事だと思います。
――医療行為以外のあらゆる場面に精通していないといけない仕事なのですね。
「事務長はスーパーマンになれ」と言われたことがありますが、まさにそのとおりで、なんでもこなせるようにならないと難しい仕事です。そのため、医療の知識はもちろん、心理学やリーダーとして人を率いる、指導する技術など、さまざまな分野の勉強をしています。
マーケティングスキルは事務長に必要不可欠
――事務長の仕事に必要なスキルは何でしょうか?
やはり「Webマーケティングのスキル」でしょう。新規開業の場合はとにかくマーケティングが重要です。新しくクリニックを開く場合は当然ながら誰もそのクリニックのことを知りません。また、近くに有名なクリニックがあるケースも多く見られます。そんな状況の中で、クリニック経営を成功させるには、インターネットをうまく使うしかありません。そのため、どうすればインターネットで多くの人に見てもらえるか、知名度を上げられるかといった知識が必要になるのです。
昔であれば駅看板や電柱で宣伝をすれば効果はあったかもしれませんが、今はほとんど効果はないと思います。新規開業で昔と同じような行動を取っていては、既存のクリニックに勝つのは難しいでしょう。
――ただ事務作業をしていればいいというものではないのですね。
また、事務長は「スタッフが前向きな気持ちを維持できるよう支援する」のも仕事です。そのため、リーダーとして課題を整理するスキルも大事だと思います。例えば、何か人の問題が起きた時に、クリニックのシステムが抱える課題なのか、本人の捉え方に課題があるのかを整理するのは非常に重要です。
クリニックのシステムの課題は事務長や院長がコントロールできることです。一方、本人の気持ちの問題は、感じている内容を教えてもらい、話し合いを重ねながら最終的には本人に消化してもらう必要があります。そのような方法は知識でカバーできる部分もあります。実際、「本で読んだ知識があったからうまくフォローできた、助かった」という場面も多くありました。
さらに、クリニックをうまく回すには「現場を知ること」も重要です。単に紙の上の情報やデータだけを見て物事を決めていても現場とはかみ合いません。現場を知らないと、本当に求められているものが分からないので、自分も現場に立ち、状況を理解した上で考えることを大切にしています。実際に自分が現場に立って、現場が大変と思っているポイントが実感として理解できることは多々あります。
事務長に欠かせないデジタルツール
――事務長の業務において、「これは欠かせない」というデジタルツールはありますか?
「予約管理システム」と「Web問診システム」はクリニックの運営をサポートする上で欠かせません。当院は感染症内科なのですが、コロナ禍の今、とにかく診察を受けたいという人が多く来院されます。そこで、予約システムを使うことで管理や対策がしやすくなり、混雑を緩和できます。
最近では患者さんにも「飛び込みでは行かない」という考えが根付いているようで、ほとんどの方が予約をしてからいらっしゃいますね。
また、予約システムの場合は診察時間外でも予約できます。社会人の場合は昼間に予約ができないことも多いため、夜間に予約が入るケースが多いですね。予約システムは、クリニック側、患者さん側の両方で役立っています。
Web問診システムも、混雑緩和に貢献しています。紙の場合は来院していただき、直接記入してもらう形ですが、これでは時間もかかりますし手間になります。Web問診であれば来院前に記入できますので、診察もスムーズに行えます。データを電子カルテなどにコピーしやすいのもメリットです。
――実際、Web問診を活用している患者さんは多いのでしょうか?
当院の患者さんは若い世代が非常に多いので、ほとんどはWeb問診を使っています。ほかには、マーケティングも大事な仕事ですので、Googleアナリティクスなどの分析ツールは重宝しています。
事務長の魅力とは
――事務長という仕事の魅力は何でしょうか?
医療業界はまだまだマーケティングについては未成熟です。そのため、自分が広告業界で得た経験や知識を活用し、いろんなことにチャレンジできるのが面白いですね。他業種から医療業界に入った人ほど、新しい世界を開拓し、楽しみややりがいが見つけられるのではないでしょうか。
そうした自分の知識や経験を武器に、クリニック、またそのクリニックが提供する医療の価値を引き上げることができるのも、事務長という仕事の魅力です。院長の仕事にどれだけ価値があっても、マーケティングが満足に行えずに集患がうまくいかなかったり、クリニックの運営がうまく回らなかったりすれば、その価値を引き出すことはできません。しかし、事務長の頑張り次第で、院長が提供する医療の価値を1.5倍にも2倍にも引き上げられるのです。これは事務長という仕事の大きなやりがいだと思っています。
――なかなか表舞台に出ることのない仕事ですが、クリニックにとって必要不可欠な役目なのですね。
確かに医師のように患者さんと直接対話する機会は少ないのですが、感謝の言葉を掛けていただくこともあり、口コミでクリニックを高く評価いただくこともあります。そうした感想を見た際や、患者さんの数が目に見えて増えていくのを感じたときは、頑張って良かったなと思います。
――最後に今後の展望を教えてください。
クリニックの事務員は賃金が低いケースも多く見られます。もちろん、国家資格を持つ医師や看護師とは比べられないという意見はありますが、事務は運営に欠かせない重要な仕事です。しかし、その価値が正当に評価されておらず、そのために医療事務全体のスキルも向上しません。「なりたい」と思う人が少ないのも原因です。今後はこうした課題を解決するためにも、医療事務の地位向上に貢献することができればと思います。
――ありがとうございました。
事務長はマーケティングからスタッフの管理、雑務までクリニックのあらゆる業務をこなす、まさに「スーパーマン」な仕事とのことでした。ただ事務作業ができるだけでなく、クリニックの知名度をアップさせるためのWebマーケティングの知識も必要とのことですから、別業界の人でも、マーケティングの知識があれば医療事務の世界で生かせるかもしれません。
取材協力:KARADA内科クリニック