認知症患者への対応の違い
現在病院で働いている方、医療施設等で働いている方の誰もが感じているかと思われる問題があります。
それは認知症患者への対応です。
日本の人口はこのままの状態で行くと、2025年には人口の30%以上が65歳以上が高齢者になるといわれています 。
人生100年時代ともいわれている今、認知症患者との関わりは切っても切れなくなってきています。
そこで本記事では、病院、施設ともに勤務経験のある私が、実際に現場で目の当たりにした、看護師たちの認知症患者への対応にまつわる話をご紹介したいと思います。
認知症患者への対応は肉体的にも精神的にも疲れる?
まずは、認知症患者とあまり接したことない方へ簡単に、「認知症の症状」というものがどのようなものなのか簡単にご紹介します
- 何度も同じ話を繰り返しがち
- ついさっきやっていたことが思い出せなくなりがち
- 時間や場所がわからなくなりがち(徘徊に繋がる)
- 感情的になりがち(怒りっぽくなるなど)
- 痛みや、汚いものへの嫌悪感などが鈍くなりがち
これらが認知症患者にありがちな症状になります。
想像するだけで「対応が疲れそう」と感じる方もいれば、反対に、「特に問題なく対応できそう」と感じる方もいらっしゃると思います。
しかし、毎日のこととなると、看護師たちは肉体的にも精神的にも疲労する傾向にあります。
ただし、「認知症の方への正しい対応」をすれば、少なからず疲労を軽減することができます。
そこでここからは、「どんな対応が間違っているのか」、「どんな対応が最適なのか」などを詳しくご紹介していきます。
認知症患者への対応で重要なこととは
認知症患者の対応には、家族でも悩まされることがあるほど。根気強くないと続けられません。しかも私たちと違って家族ともなれば、四六時中ともにいなくてはなりません。
相手よりも自分の方が先に壊れてしまい、やむなく病院や施設に助けを求めてくる家族をたくさん見てきました。
そうした経験を通して気づいたこととして、家族、看護師、介護士、それだけでなく認知症患者と関わる全ての方にまずお伝えしたいのは、以下の2点です。
- 自分の価値観を相手に押し付けない
- これが今のこの人であると認識する
これは認知症だけでなく、その他のいろんな病を抱えている方と接する上でも非常に重要なことです。
自分の価値観を相手に押し付けない
人間は生きていく中で自然と「自分のものさし」「自分の価値観」というものが確立されていきます。
特に、医療や介護現場においては、日々、いろんな病気の方と接するので、学びが大きい分、自分なりの答えを模索することも多く、結果的に「自分のものさし」がどんどん更新されていきがちです。
「~の症状が出たら~する」「~ならないように~する」などは、いろんなことを経験しているからこそ確立されてきた「自分のものさし」ですが、患者に対してその「自分のものさし」全開で接することはよくありません。
これを聞いて思い当たる節がある方はまだ改善の余地がありますが、年齢や現場での経験を重ねるほどプライドも出てきてしまい、患者に対して自分のものさしで接していることに気づいていない方もたくさんいます。
しかし、これは認知症患者への対応の中でも非常に重要なことなので、ぜひ一度自分のことを客観的に見てみていただきたいと思います。
これが今のこの人であると認識することこれは認知症患者の家族にもっとも伝えたいことです。
例えば父親が認知症になったとき、「あんなに厳格で頼りになる父親だったのに」と父親の変化をなかなか受け入れられず、自宅で介護をしていてもつい怒鳴ってしまったり、虐待してしまったりするのも、これが原因の一つだと考えられます。
「厳格で無口な親だった」「子どものころ、父親が仕事一筋であまり遊んでもらえなかった」などの理由で親子関係が希薄な場合、
認知症になってしまった家族を受け入れることができないというケースは多いようです。
ちなみに、「これが今のこの人である」と受け入れることは、医療現場でもとても重要です。
入院期間が長くなるとそれだけ外部との交流も希薄になり、日々の生活にもハリが無くなってしまいます。
そのことが原因で、院内で認知症が進行してしまうケースは非常に多いです。
実際、院内で認知症が発症進行してしまった患者をお見かけしたこともありますが、それに対して「〇〇さん前まではあんなじゃなかったのに」と言う看護師がいました。
このように、以前の〇〇さんと今の〇〇さんを比較するのではなく、「今の〇〇さん」を意識することで、対応する際にも気持ちに余裕がでてきます。
ところが、「以前の〇〇さん」と比較してしまうと、以前はできていたことが今できなくなっていることに対して滞りを感じてしまったりするのです。
こうなると、精神衛生上よくないので注意されてくださいね。
病院での認知症患者への対応
ここからは、病院と医療施設それぞれで実際に起こった話や、驚いたもしくは良いと感じた対応の仕方についてご紹介します。
対応レベルの低さ
私は、病院→施設→病院の順で看護師として働いてきました。
その経歴のなかで、施設での認知症患者への対応と比べて、病院の認知症患者への対応のレベルが低いと感じた事例を一つご紹介したいと思います。ある男性の認知症患者をAとし、彼が入院していた病棟で起こった出来事をお話しします。Aは60代後半で、入院期間は3ヶ月以上。身寄りもなく、面会に来る人もいませんでした。ある日、昼食を食べたあと何度もナースコールで「腹が減った」と訴えてきたA。。「ついさっき食べたばかりですよ」と説明すると「そうだったっけ」とAは笑っていましたが、徐々に「飯はまだなのか!この病院は患者に飯も食わせないのか!」と怒鳴り出したのです。
Aは比較的日ごろから穏やかな性格で、怒ったり大きな声を出したりしている姿は見たことがなかったため、この出来事にみんな驚いていました。Aは若いころ、アルコール依存症に陥り精神科への入院歴もありました。
その頃から病気がちで入院生活も長いことから、アルコール依存の後遺症は考えにくいと思われました。ですが、この日野出来事を知った周りの看護師たちは、みんな口をそろえて
「アルコール依存の症状が出ちゃったんじゃない?」と言い、誰も彼の認知症が進行していることは疑っていませんでしたし、ましてやその原因が、入院生活の長さや人との関わりの薄さから来ているものだとは思っていないようでした。
薬での対応しかしない
精神安定剤と眠剤を飲んでいただいたところ、そのときは症状が落ち着きましたが、その日を堺にAは頻繁に大声で怒鳴るようになりました。
Aは大部屋に入院していたので、同室の患者から苦情があり個室へ移ることになりました。
個室に移されたことでAは「邪魔者扱いされた」「監禁された」と思うようになり、症状はさらに悪化していきました。
日中ならまだしも、夜間は寝ている方の迷惑になるので、Aが興奮しだしたら、精神安定剤と眠剤を出すようになりました。
このことからもおわかりいただけますように、「騒ぐ人は薬で眠らせる」という対応の仕方だったのです。
認知症の進行を加速させてしまった
そうなると、朝の服薬で1日眠り続けた場合、夜になっても寝付けなくなるため、Aは昼夜逆転の生活を送ることになってしまったのです。
認知症患者の症状でもある昼夜逆転に拍車を掛けてしまったせいで、さらに症状は悪化。それによって、薬もより強いものを必要とするようになり、Aは薬漬けの日々を送ることになりました。
起きているときは怒っていて、すぐに薬を飲ませて眠らせるという生活を繰り返させている内、気付けばAは疲弊していて、起きているときにも怒らなくはなりましたが、意識が朦朧としていて、たまに自分でご飯が食べられないほど無気力なときもありました。
精神科へ逆戻り?
結局、最後までAはアルコール依存の病歴ばかりが注目され、認知症が進行していることに誰も気づかないまま、また以前いた精神科病院に転院することになりました。
いつもそばで見ている看護師や医師、その他コメディカルの誰か一人でもAの認知症の進行に気づいていれば、認知症専門の病院や施設で専門的なケアをしてもらえたのではないかと思えてなりませんでした。
私自身も、もっと声を上げていろんな人に相談すればよかったと今でも後悔しています。
施設での認知症患者への対応
次は、すぐに薬も処方できない状態にある施設での認知症患者への対応についてご紹介したいと思います。
忙しさを理由に後回しに
まずは、私がとても慕っていた同僚である、介護士Aさんの対応の仕方が、病院では目の当たりにしたことのないものばかりでとても勉強になったので、主にAさんに着目しながらご紹介します。
その施設にいた高齢者の7割は認知症で、日々、どこかで問題が起こっているといった状態でした。
スタッフの人数も常に不足していて、いつもみんなバタバタしていました。
そんなある日のことです。
お風呂に入りたくないと頑なに拒否する70代女性のBがいました。
Bに対し、20代男性の介護士Cがあからさまに「忙しいのにやめてくれよ」と言わんばかりの態度で「はいはい、さっと入って上がりましょうね」とBの話も聞かず手を引いてお風呂場に連れて行こうとしたときです。
BはCの腕を爪でひっかき、噛みつこうとしたのです。Cは激怒して、歩行の不安定なBをその場に残してお風呂場へと去っていきました。
寄り添いの姿勢
その頃、浴室で介助をおこなっていたAに、Cが「なんか入りたくないって暴力振るわれたんで今日はB入浴無しで」と伝えたそうです。
拒否する人を無理には入浴させない方針だったので、その点に関しては良いのですが、Aは苛立ったCの様子を見ておかしいなと感じて、Bのところへいくことにしました。
Bは表情も険しく、Aの声かけに対しても苛立った様子でした。
その後AはBと一緒にTVを見たり、室内を散歩したりしながら会話をしていました。
すると、しばらくしてBは笑顔でAとお風呂場へと向かって行ったのです。
Cが迎えに来たときと全く表情の違うBを見て驚きました。
入浴介助が終わりAと2人になったときに、「さっきはどうやってAを入浴させることができたんですか?」と質問しました。すると、「前からお風呂場に男性スタッフがいると恥ずかしかったみたい。今日も朝からお風呂があると憂鬱で、さらにCから雑な対応をされて腹が立ったんだって」と教えてくれました。
”認知症だから”という固定概念に縛られたCの冷たい対応と違って、Aはちゃんと一人の人間として相手に接したばかりか、相手から避けられても、原因がわかるまでちゃんと寄り添い続けていたのです。このことに私はハッとさせれました。
忙しくて一人ひとりにそんなにかまっていられないというのが、多くの現場からの声であり事実です。それても、決して一人も野放しにせず、一人ひとりにきちんと寄り添うというAの姿勢に、とっても多くのことを学ばせていただきました。
「距離を置く」「話を変える」「気分転換してもらう」ことの重要性
Aの寄り添うという対応の仕方の中にも、重要なポイントがいくつかあるのでそちらをご紹介します。
1.距離を置く
はじめAがBに話しかけたとき、「なに!?お風呂には入らないって言ってるでしょ!」と興奮気味でした。
そこでAは、BをTVの前まで連れていき、15分ほど経った後、再度話しかけたのです。
するとBの表情はさっきまでとは打って変わって穏やか。TVに夢中になっていたことで、さっきまでなんで怒っていたのかも忘れていました。
このように、少しの間、距離を置くということは、認知症患者に対して非常に効果的な対応なのです。
併せて、TVなど何か集中できるものを与えるのも効果的。認知症患者特有の「すぐ忘れる」といった症状をうまく利用することができるのです。
2.話を変える。気分転換してもらう
落ち着いたBを、今度は室内の散歩に連れて行ったA。
10分ほど歩いて、その途中には壁の掲示物を見ながら一緒に会話を楽しみ、その後、他のスタッフも交えて会話しながらお風呂場まで連れていくことができたのです。
このように、本来の目的である「お風呂」という話題を出さずに、「散歩して汗をかいたので少し汗を流していきませんか?」のように、適宜主題を変えながらも、自然と本来の目的に繋げていけるるかが重要になってきます。
ここでの注意点は、やっと気分が落ち着いたところで「さぁ!そろそろお風呂に行きましょうか!」と話題をふりだしに戻さないことです。
この一言で、相手は自分が嫌がっていたことを思い出してしまいます。
まとめ
病院も施設も慢性的な人手不足なのが現状です。
今回ご紹介した対応法に関しても、忙しいなかで実践していくことは難しいかもしれません。しかし、「認知症患者とのコミュニケーションにおいて大切なこと」を常に考え、心に止めておくことで、きっと相手には、自分のことを大切に思ってくれている気持ちが伝わりますので、ぜひ意識して取り組んでみてください。